大宝律令・律令制度を簡単に超わかりやすく解説【日本史まとめ】

目次

大宝律令ってなんだ?

飛鳥時代は6世紀末~710年までです。そんな飛鳥時代の終わり頃にあたる701年に制定されたのが大宝律令たいほうりつりょうです。

この大宝律令は文武天皇もんむてんのうの命令で刑部親王おさかべしんのう藤原不比等ふじわらのふひとらが中心となって作成しました。

大宝律令は「りつ」と「りょう」がそろった初めての法律です。

」とは現代の刑法にあたる法律です。一方、「」とは現代の行政法・民法にあたる法律です。

律令制度とは?

律令制度は日本が強力な国家になるための大前提となるもので、中国のとうの制度をマネしたものです。とにかく「律」と「令」を備えた法律を作らないと日本は中国などの先進国に勝てない。そこで律令制度を実現するために作られた初の法律が大宝律令です。

大宝律令の中身を簡単に解説!

中央の行政組織

まず中央の行政組織から確認していきましょう。

中央の行政組織は二官にかん八省はっしょう一台いちだい五衛府ごえふと覚えます。これだけでは分からないと思いますので、それぞれ詳しく説明していきますね。

二官とは

二官とは太政官だいじょうかん神祇官じんぎかんのことです。太政官とは政治のトップのことです。一方、神祇官とは神々の祭りをつかさどる役職です。

そして太政官の下には3つの役職があります。

左大臣さだいじん
太政大臣だいじょうだいじん
右大臣うだいじん

この3つの役職の下に大納言だいなごんと呼ばれる事務方のトップがいます。そして左大臣・太政大臣・右大臣・大納言などをまとめて公卿くぎょうといいます。

ここまでが、「二官八省一台五衛府」のうちの「二官」の説明です。

続いて、「二官八省一台五衛府」の「八省」について解説します。

八省とは

八省とは8つの「省」のことです。名称と役割をセットで覚えておきましょう。

名称役割
中務省なかつかさしょう天皇の国事
式部省しきぶしょう教育・人事
治部省じぶしょう外交と仏教
民部省みんぶしょう民政(戸籍の管理・税務)
兵部省ひょうぶしょう軍事
刑部省ぎょうぶしょう裁判・刑罰
大蔵省おおくらしょう財政(お金の管理)
宮内省くないしょう宮中の事務など

これが「二官八省一台五衛府」のうちの「八省」です。

天皇の国事を担当しているのは中務省なかつかさしょうですよ。宮内省はあくまで宮中の事務などを行う役所です。

また式部省は教育・人事を担当し、治部省は「外交」と「仏教」の2つを担当しています。

続いて「一台」を解説していきます。

一台とは

「一台」とは弾正台だんじょうだいのことです。

弾正台とは官吏の監察を行う組織のことです。官吏とは「公務員」のことですね。監察とは簡単に言えば「悪いことをしていないかどうか、ちゃんと働いているかどうか」をチェックすることです。

また弾正台には国内の風紀を取り締まるという現在の警察に近い役割もありました。

この2つが弾正台の役割です。

五衛府とは

五衛府とは簡単に言えば都の治安を守る役所です。

五衛府を細かくみると衛門府えもんふ左右兵衛府さゆうひょうえふ左右衛士府さゆうえじふに分かれます。

これが「二官八省一台五衛府」の「五衛府」です。

ここまでで中央の行政組織は終わりです。続いて地方の行政組織を見ていきましょう。

地方の行政組織

畿内七道

現在の都道府県にあたるのが畿内七道きないしちどうです。畿内七道のことを五畿七道ごきしちどうと呼ぶこともあります。

国・郡・里

「畿内七道」は約60の「こく」に分けられました。さらに国を「ぐん」に分け、郡を「」に分けました。

これが「国・郡・里」という地方の行政区分です。

また、「国」を治めたのが中央政府から派遣された国司こくしです。国司は国府を拠点に中央政府の監督の下で行政を行いました。

一方、「郡」を統治したのが郡司ぐんじです。

さらに、「里」を管理したのが里長りちょうです。

但し、特に重要な下記の3つの地域では例外的に特別な役職が設けられました。

平城京(首都):左京職さきょうしき右京職うきょうしき
難波:摂津職せっつしき
九州:大宰府だざいふ

ここまでで地方行政組織は終わりです。次は身分制度について見ていきましょう。

大宝律令と身分制度

官職には四等官制しとうかんせいが導入されました。この制度はそれぞれの官職の中にさらに4つの身分を作る制度です。「国」にも部長や課長がいれば、「郡」にも部長や課長がいるのと同じですね。

具体的には、それぞれの官職をさらに長官かみ次官すけ判官じょう主典さかんの4つの位に分類します。読み方が特殊なので注意してください。

税金

律令制度の税制には調ちょうよう雑徭ぞうよう兵役へいえきなどがあります。詳しくは下記の記事を参考にしてください。

律令制度のまとめ

701年の大宝律令に続いて、718年には養老律令ようろうりつりょうが制定されます。飛鳥時代は「~710年」ですから養老律令は奈良時代のものです。

ちなみに養老律令の施行は757年なので注意してくださいね。養老律令は作成時から40年近く放置されていたわけです。

以上で、大宝律令・律令制度の解説を終わります。

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